第1回:求める人材像の明確化~社会福祉法人恩賜財団済生会~(2016年6月5日号)

■公益追及と健全経営の両立を支える人材育成

社会福祉法人恩賜財団済生会(本部=東京・港区三田)は、明治天皇の「済生勅語」に基づき、明治44年(1911年)に設立された。組織名は、社会に増えた生活困窮者に無償で医療を行い、それによって生(いのち)を済(すく)おうとしたことに由来する。各地に診療所を設け、貧困所帯に無料の特別診療券を配布して受診を促したほか、巡回診療班を編成して生活困窮者の多い地区を回り、診察・保健指導を行った。 

こうした「施薬(無償で薬を施すこと)救療(無償で治療すること)の精神」を引き継いだ済生会は、40都道府県で99の病院・診療所、280の福祉施設等を運営(平成26年度)し、約5万8000人の職員が働く日本最大の社会福祉法人となっている。 

済生会では現在、来年2月に開設を予定している「済生会保健・医療・福祉総合研究所(仮称)」(略称=済生会総研)の設立準備を進めている。 

時代の求めに応じた事業展開のあり方を研究することや、基本的使命の遂行に貢献する実務的・実用的な研究を推進すること、公益追求と健全経営の両立を支える人材の育成を行うことを主なねらいとする。5万人を超える大組織の求心力を高めるねらいもある。 

済生会総研では、研究事業と人材開発事業を行う。研究事業では、「三つの基本的使命」(生活困窮者への支援、地域医療への貢献、総合的な医療・福祉サービスの提供)に関わる分野に特化して、トップレベルの研究水準を目指し、済生会にしかできない新たな問題の発見や、短期的な視点のみならず中長期的に役立つ研究テーマを設定する。 

人材開発事業では、済生会における人材確保・育成の基本的な考え方をまとめた「済生会人材確保・育成対策大綱」に基づき、高い倫理性、社会性を備えた、品格のある「済生会人」を育成する。「済生勅語」、「施薬救療の精神」、三つの基本的使命を根幹として、求める人材像(「済生会人」像)をわかりやすく明確化した上で、組織で働くことに誇りを感じられる人材開発を行う。 

「できあがった『済生会人』像をいかに5万8000人の職員に浸透させていくかが大きな課題だ。病院長や支部長には会議の場などで直接伝えるとともに、しっかりとした研修体系や研修プログラムをつくり、教育していきたい。医療や福祉の専門家から、『済生会の研修は日本一優れた研修だ。済生会に入れば、良い研修が受けられ、実力もつく』と言われるような評価を得ていきたい」(炭谷茂理事長)としている。

■済生会ブランドの強化に向けて

(炭谷茂・済生会 理事長の話)

済生会は今年で105年目を迎えるが、この間、決して順調にきたわけではない。 昭和36年に国民皆保険制度が確立され、その後、福祉制度も充実されて、日本の社会福祉制度が全般的に整ってくると、生活困窮者の対策はいらなくなったのではないかという意見が当時の厚生省の役人や社会保障の研究者の間で主流になり、そのうちに済生会解散論が圧倒的になった。平成元年3月に出された審議会の答申には、済生会の解散の方向性が示されていた。 

本当にそうなのかと、厚生省の役人だった私はずっと疑問に思っていたが、そう言っていたのは私ぐらいだけだった。平成9年に済生会を所管する局長になり、従来の方針を180度転換した。 

日本の社会の状況をどう見るかという認識が大きな分かれ目になる。対策が行き届かない心身障害者や刑務所等からの出所者、ホームレス、学校でのいじめや家庭で虐待を受ける子どもたち、DV被害者、貧困の児童、ひきこもりなど、生活困窮者は今でもたくさんいる。私は大学時代から50年間、釜ヶ崎や山谷で支援活動を行っているので、生活困窮者が今でもたくさんいることが実態としてよくわかる。全体の事業費からみればわずかな額だが、「生活困窮者への支援」こそが、済生会の第一の存在意義だ。 

済生会は、組織の理念や使命を明確に意識していなかったために、外部から問題を提起されても、組織として対応できなかった。本来、組織というものは、自分たちは何をやるべきかを明確にしてこそ、存在意義があるのであって、それを長年意識していなかったのは、組織としての体を成していなかったと言わざるをえない。組織体制も非常に弱く、ガバナンスや法令順守の概念もなかった。そのため、過去に何度も存亡の危機を迎えた。 

平成20年5月の理事長就任後、組織の再構築を進めている。かつて約80人いた理事会メンバーも人数を大幅に減らした。三つの基本的使命を組織全体として確認し、浸透させる取り組みを続けている。 

今回、日本生産性本部には特に人材育成の柱になる「済生会人」像についての調査をお願いした。済生会は他の医療機関や福祉施設とは違った理念と使命を持っているからだ。 

その特色は、第一に、100年を超える歴史と伝統であり、その精神的な源流は、聖徳太子が593年に四天王寺を大阪に建立した際に併設した「悲田院、施薬院、療病院」にまで遡る。第二に、日本で最大の社会福祉法人を運営しているということ。第三に、総裁に秋篠宮殿下を推戴し、皇室のご指導を受けながら組織を運営していることだ。 

この三つが済生会ブランドの基盤となっているが、これまではブランド力を高めていこうという考え方があまりなかった。認知度も高くはない。それではこれからの経営は成り立たない。今後は、済生会のブランド力、認知度を高める施策を強化していきたい。

■理念の浸透は本質論から議論を

中間弘和・日本生産性本部主席経営コンサルタントの話)

生産性本部では、済生会における人材像及び人材開発体系の構築についての支援を行っているが、人材像の構築においては、「済生会人」とは何かという「そもそも論」(本質論)から出発した。トップ・幹部へのヒアリングや、過去の膨大な文献から、人材像のキーワードを抽出し、討議を重ねながら構造化していった。 

企業・組織の経営理念や行動方針、人材像などを見ると、コンプライアンス目的等、形式的に作成されたようなものが多い。それらは、落としどころは似たようなものになるので、議論のプロセスを省略して作成する方法もあるが、そうした中で、5万8000人の職員に腹落ちしてもらうために、自組織に求められる人材像をそもそも論からきちんと議論しようという取り組みは高く評価できる。 

理念等を従業員に浸透させるには、それを従業員に説明する管理職が自分の言葉で話すことが重要だ。「あの課長の言うことならわかる」と思うような人からでないと、理念はなかなか伝わらないし、心が動かない。 

行動方針を毎朝の朝礼で唱和している企業で、方針の中にある言葉の趣旨やねらいを管理職に質問したら、回答できた管理職は一人もいなかった。言葉の意味を説明できなければ、自らがそれを実践することはできないし、部下に指導することもできない。そもそも論をしっかり押さえ、言葉の意味を吟味した上で、理念等を浸透させていくことが重要だ。 

一般に、医療・福祉業界では、専門領域の勉強は皆が興味を持つ一方、組織をどうまとめていくかといったマネジメント領域については興味を持つ人は少ない。集団を巻き込み、組織力を高める取り組みがよりいっそう求められている。 

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