第4回:組織開発を組織のチカラに

前回までのあらすじ

~主人公の高井は組織には理念のように明示された組織の目指す姿とメンバーが認識している姿があり、そのギャップの埋めることが重要であると学んだ。~


「お話を伺ったファースト・コラボレーションで印象的だったのは、会社のありたい姿と社員一人ひとりの感情をくっつけるという考え方です。そうすることで自分事になっていくんだと実感しました」と組織開発コンサルタントの明智に語る高井。

「まさに同社の夏合宿は<みんなの当たり前>、つまり組織風土を醸成する場といえます。それが長い目でみれば競争優位の源泉になっていくのです。例えば他社がすぐに真似できないきめ細かなサービスを各自の判断で提供するといった具合に」。明智の説明にうなずく高井。「そして同社の取り組みは<ダブル・ループ学習>を実現しているともいえます」明智はホワイトボードに図を描きながら説明を続ける(図参照)。



「<ダブル・ループ学習>とはアージリスという学者が提唱した組織学習のモデルのことです。よくあるのは<シングル・ループ学習>と呼ばれるもので、期待する『結果』を得られなかった場合、「行動」を見直すという一回転で描ける学習です。それに対し、ダブル・ループ学習は『行動』というより、その『行動』の基盤となっている『価値前提』の見直しをする二重のループの学習です」

「具体的にいうと、セクショナリズムが発生していると部門間の連携がうまくいかなくなりますよね。シングル・ループでは相手への説得の仕方が悪かったから改めよう、といった具合に学習します。一方、ダブル・ループ学習では自分たちの部門の都合をいかに優先させるか、という価値前提に気づき、互いに協力するにはどうしたらよいかを模索して言動を変えていきます。極めて大きなインパクトを組織に与えるのです」

「組織学習の取り組みについては高井さんが先日にインタビューしたマルタケの事例も参考になるんじゃないですか」

■情報そして知恵の共有

マルタケは新潟に本社を置く医薬品の卸売を事業の中核に据える老舗企業だ。職場のメンバー同士が顔を合わせることもままならない昨今、どのような工夫をして

いるのか尋ねる高井。

「東京支店では日頃の情報共有として電子掲示板を導入しました。みんながタイムリーに共有したいことを書き込むので、全員が互いの状況を把握できます。仕事の効率が高まりましたね」と鈴木和則支店長。

「群馬支店ではLINEを活用しています。単に情報共有をするだけでなく、わからないことがあれば質問することで誰かが答えてくれる。営業職ではスキルがものをいいますがどうしても個人商店化しがちです。すると若手が育たない。LINEを活用することで個人に属していた知識やスキルが組織知となっていきます」と鎌田心一支店長が続く。

両支店の取り組みは①思ったときにぱっとやりとりができるハードルの低さと②全員で共有できることがポイントなのだろう、と高井は思った。

■新しい挑戦を後押しするラフさ

続いて上越支店の阿萬秀親課長が組織学習につながる別の取り組みを教えてくれた。「私たちの支店では年度のはじめに新しく取り組むことについて手書きで全員が書き出し、共有しています。例えば○○地域の新規顧客の開拓をする、といった具合です。ポイントは目標管理面談シートのように公式な書類にまとめるのではなく、あくまでも非公式な書類に手書きでラフに書いてもらうことです。理由は書くことが目的にならないようにするためです。そして、プロジェクトチームに分かれてそれぞれの新しいチャレンジをどのように実現するか自分たちで話し合い実行していきます。私は極力、口をはさみません。そして小さくても何がしかの成果があがったときは機を逸せずにみんなでそれを共有します。すると、やればできるかもという刺激になります。新しく取り組むことは腰が重たくなりますし、少し失敗すると辞めたくなるものです。その後押しをしたいのです」

新規の取り組みは失敗する可能性が高い。そして、そこから学べることも多い。チャレンジの機会を増やし皆で学びを共有しているのだと高井は感心した。

プロジェクトが立ち上がって半年が経過したある日、新商品開発の会議も終わろうとしたそのとき、メンバーの平山が手をあげた。

「今の商品開発とはまったく異なることですみません。でも、やってみたいことがあるんです。アウトドアがブームなのはみなさんご存知だと思います。私もよく行くのですがキャンプ用品のデザインで気に入るようなものがないのです。うちの会社の技術を応用すればいい商品が作れると思います。失敗するかもしれません。でも、高井さんが失敗はチャレンジしている証だと言ってくれました。僕にやらせてもらえないでしょうか」
さらに驚くことに、メンバーから堰を切ったように様々なアイディアが飛び出してきた。高井は組織が変わりつつあることを確信した。窓の外には秋の月が大きく輝いていた

おわり~本連載は事実に基づくフィクションですが、2回目から4回目に取り上げられる企業・登場人物・取り組みは実際のものです~)


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筆者略歴

栗林 裕也
日本生産性本部 人材・組織開発コンサルタント

鉄道会社を経て現職。「人は組織内でどのように成長するのか」「どうすればより成果のあげやすい組織になるのか」をテーマに調査、コンサルティング、研修に従事。論文に「組織における管理職を起点とした人材の活性化戦略とは」(生産性労働情報センター)など。白百合女子大学非常勤講師。


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