「同一労働同一賃金」迫る施行に向けて①(2020年1月25日号)

■厚労省ガイドライン 不合理なもの 不合理でないもの


正規労働者と非正規労働者との間での不合理な賃金格差を是正するための、同一労働同一賃金の施行が直前に迫ってきています(大企業は2020年4月、中小企業は2021年4月から)。連載の1回目では、これまでの同一労働同一賃金の世間動向(政策動向および労働判例など)について解説します。

2018年年末に、厚生労働省より雇用形態又は就業形態に関わらない公正な待遇を確保することを目的とした同一労働同一賃金ガイドライン(以下、同ガイドライン)が示されました。これには、我が国から「非正規」という言葉を一掃することが明記されており、人事処遇制度は正規労働者であるいわゆる正社員に留まらず、非正規社員(契約社員、パートタイマー、嘱託社員など)を含む全労働者を対象として公正に評価・処遇を行う重要な企業経営システムであることが求められます。

特に、賃金処遇のあり方については、同ガイドラインでは賃金の構成要素である基本給部分や諸手当について個々の事情を踏まえ、検討・対応することを定めています。具体的には、担っている役割・職務や、業績・成果に加え経験・能力や勤続年数といった多様な要素を加味して、労働者間の仕事内容(主に「職務内容」「職務内容・配置の変更範囲」「労使交渉経緯などその他事情」の三つ)において、違いがあればその違いに応じた賃金処遇とすること(均衡待遇「不合理な待遇差の禁止」)、違いがなく同じ仕事内容である場合には同じ賃金処遇とすること(均等待遇「差別的取り扱いの禁止」)が定められています。この点は、各企業においてどの程度の賃金処遇差が適切であるか(不合理な格差ではないか)を、仕事内容を踏まえて検討する必要があります。


一方で、同ガイドラインでは同じ賃金処遇(均等待遇)とすることを明確に求めている部分があります。それは、特殊な作業に関わる手当や時間外(含む深夜・休日勤務)手当、通勤手当や単身赴任手当・福利厚生に関するものです。たとえば、通勤手当はこれまで契約社員やパートタイマーといった非正規の社員には支給しないことがありましたが、全社員を対象に通勤手当を支給するように制度の見直しを図る動きがあります。これは、通勤手当という支給目的を踏まえると、一部の社員には支給されず、他の社員には支給されていることを合理的に説明することが困難なためです。まずは、こうした諸手当を中心に、仕事内容や社員の区分での賃金格差を説明することが難しい賃金項目は、優先的に是正を図ることが求められています。


尚、同ガイドラインでは家族手当(扶養手当)や住宅手当、退職金手当などについては、どう対応すべきか明確に示されていません。これらは労働判例を踏まえ、次のようなポイントを考慮する必要があります。まず、扶養者がいる場合の生活補助的な性格を有する家族手当(扶養手当)は、事案により、有期・無期の労働者間で支給の有無の差があることは不合理であるとされた例があります(井関松山製造所事件参照)。また、住宅手当の支給の有無を検討する際には、支給基準が実際の制度運用も含め転居を伴う人事異動の対象となるか否かの区分が明確であるか考慮する必要があります(ハマキョウレックス事件参照)。退職金については、長年の勤務に対する功労褒賞の性格を踏まえた場合には、契約社員やパートタイマーといった非正規の社員であっても一切支給しないことは不合理とされる可能性が高いと考えられます。ただし、労働者の区分に応じてある程度の退職金水準に格差を設けることは容認されると考えられます(メトロコマース事件参照)。


更に、定年後の再雇用の賃金処遇についてどうあるべきかは、難しい判断となります。同ガイドラインでは、個々の状況に合わせて労使交渉の経緯など「その他事情」として考慮することが示されています。労働判例においては、定年前と同様の仕事内容であった場合において、定年退職時に退職金を受けていること等の事情を総合考慮の上、年収ベースで約8割程度の賃金処遇とすることを不合理ではないとしています(長澤運輸事件参照)。また、人事院は国家公務員の65歳定年延長に際し、60歳以降はその時点の7割相当額とすることを検討しています。こうした事情から、定年退職後再雇用時の処遇は年金制度など社会保障の仕組みの動向を踏まえると、定年前と同じ仕事を担う場合は、定年前と比較し約7~8割程度の賃金処遇とすることが一つの目安となります。それ以上に賃金処遇を引き下げる場合(例えば退職前の約6割程度以下)には、職務内容の見直しや責任・勤務時間の見直しが必要となります。


このような状況から、同ガイドラインや判例、多様な社会の動向や今後の変化を踏まえ同一労働同一賃金の実現に向けた人事処遇制度を考えていく必要があります。次回は、具体的な賃金処遇制度をどのように再構築するか、その方法について解説します。(3回連載)


筆者略歴

小堤 峻(おつづみ・しゅん)

日本生産性本部 雇用システム研究センター 研究員

大学卒業後、信託銀行で営業・企画業務に従事。2015年1月に日本生産性本部入職。担当領域は、民間企業および学校法人を対象とした人事制度設計支援、人事・労務の教育研修の企画・運営。中小企業診断士・MBA(経営学修士)。

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