第1回:宿泊業の生産性向上推進事業~湖楽おんやど富士吟景~(2017年7月15日号)

■旅館業にIT導入 生産性向上を実現

河口湖畔の旅館「湖楽おんやど富士吟景」(所在地=山梨県南都留郡富士河口湖町)は、IT化や改善による効率化、社員の人材育成等に継続的に取り組み、成果を上げている。

1971年創業の総客室数33室、社員40人の旅館で、富士急行線河口湖駅から車で5分の場所にある。部屋、食事会場、温泉から正面に河口湖と富士山を眺めることができる。インバウンド需要に国内客の高評価も相まって「1年のほとんどが満室」(外川由理女将)だという。 

日本生産性本部では平成28年度に観光庁の「宿泊業の生産性向上推進事業」を受託し、全国八つの旅館・ホテルでのコンサルティングと、全国20カ所での生産性向上に関する実践型講座「宿泊業経営者のための生産性向上ワークショップ」を開催した。 

富士吟景も同ワークショップに参加し、そこで学んだ業務分析手法を用いて様々な業務改善が行われた。その一つが「5時半会議」(夕方の機能横断型調整会議)の開催だ。 

従来、夕食の時間については18時と19時の2回転で運用していたが、どちらかの時間に宿泊客が集中すると、人員が不足することがあった。 

そこで、17時半にフロントと接客係の責任者が毎日集まり、不足が予想される時間帯がある場合はフロントにフォローの要請等を行うことにした。未着の宿泊客が多い場合には、接客係に客室案内を要請することにした。 

もう一つの改善は、従来手書きで作成していた宿泊日報をデータベースに落とし込み、エクセルで作成するようにしたことだ。作業時間が短縮でき、複雑な変更も数分でできるようになった。 

二事例とも1日15分程度の時間短縮になり、年換算では合わせて182.4時間の短縮につながった。二事例は「宿泊業の生産性向上事例集」(ホテル旅館”カイゼン”で人手不足解消!宿泊業の生産性向上事例集|観光庁 (shukuhaku-kaizen.com))に掲載されている。 

「他の旅館を見て、『私たちのやっていることは間違っていなかった』と実感できた。『そこまで改善を行う必要があるのか』という高いレベルの改善に取り組んでいる旅館がたくさんあることがわかり、とても参考になった」(女将)と語る。 

2011年からは社員教育に力を入れている。毎月実施している「社内勉強会」は今年で7年目になる。フロント、調理、客室などの部署を横断したグループを六つほど編成し、事前に与えられた課題について1時間ほど議論する。その後は、部署ごとに集まって、「改善提案会」を1時間ほど行う。「社内勉強会を始めた当初は、私がグループに入らないと、議論が進まない状態だった。今では自分はどうしたいのか、どういう組織をつくりたいかを具体的に書いてくれる」という。 

毎年12月には1週間ほど旅館を閉め、社員旅行を実施している。初日は翌年の経営方針書を発表し、終了後、忘年会を行う。翌日からは1泊2日か2泊3日で社員旅行を行い、その後、ゴルフか日帰りのツアーを行うといった日程で開催している。高評価で評判の旅館に泊まり、良い点を見つけて自社に取り入れるという研修も兼ねている。閉めている期間には旅館の改装工事を行っている。 

従業員に売上・仕入を開示し、目標設定と評価面談に加え、賞与後面談、昇給後面談等も実施するなど、経営者と従業員のコミュニケーションも手厚く行われている。 

今後は、「リスク管理の観点からも、私たちの持っているノウハウが生かせる新事業を検討したい。100年続く旅館を目指しているが、仮に旅館に人が来なくなるようなことがあっても、業態を変えてでも何とか雇用を確保していきたい。チームワークさえよければ、何でもできる」(女将)としている。    

■社員に長く勤めてもらうことが目標

(外川由理・女将の話)

「常に創造し、感動を与え続けていく企業を目指す」が当社の経営理念だ。自分たちで考えて、お客様にサービスしていくことが私たちの原点だと思っている。代金をいただくときに「ありがとうございました」「お世話になりました」とお客様が言ってくださる職種はそうそうない。お客様は楽しい思い出をつくるために来てくださる。本当にありがたい仕事だと思っている。 

人材育成では、こんなふうにしてもらいたいというゴールをわかりやすくすることを心がけている。こういうことがしたいがどう思うかと問いかける。やり方は従業員に任せて、予算も持たせている。意見を出したくなるときもあるが、そのときは「自分がやるわけではない」と自分に言い聞かせている。 

社員には「女将さんはあなたですか」とお客様に言われるようになってほしいと言っている。実際、月の半分は旅館にいないので、私以外の人が女将の仕事をやってくれているのだと思う。6年前は1年のほとんどは旅館にいたが、今は私がいなくても回るようになった。 

社員に長く勤めてもらうことが私たちの目標だ。長く勤め、会社を好きでいてくれる社員をもっと育てていきたい。

■成功体験の積み重ねが重要

(観光庁の「宿泊業の生産性向上推進事業」で中心的な役割を担った鈴木康雄・日本生産性本部主席経営コンサルタントの話)

ITを活用した富士吟景の取り組みは旅館業の生産性向上のモデル事例といえるだろう。IT関連企業にいた2人の従業員が能力を発揮し、要件定義から運用までを自社で内製化している。経営ビジョンや実現したいサービスを先に論議するという理想的な導入形態だ。 多くの旅館では、どんな顧客が来ていて、どんな顧客を逃しているのかを把握していないが、「情報が命です」という女将の言葉通り、富士吟景では顧客情報がビジネスの根幹に位置付けられている。従業員のモチベーションを高める女将のマネジメントもすばらしい。 

観光庁のワークショップでは、業務の成功体験をつくることに注力した。ほとんどが中小企業である宿泊業においては小さな成功体験を積み重ねることが重要だからだ。 

中小企業の従業員は、自分で意識を変え態度を変え行動を変えて、ハードルを越えてきた経験が少ないので、問題をどう解決したらいいかわからないことが多い。その際は、何が阻害要因で何が心配なのかを把握し、従業員の心配や不安を丁寧に取り除くことがとても重要だ。本人の役割を明確化したうえで正しい指示を出す。指示通りに仕事をすれば、できなかった仕事ができるようになり、お客様が喜んでくれる。そうした小さな成功体験を重ねていくと、「何をすればいいですか」という発言から「どうすればいいですか」という発言に変わってくる。成功体験が積み重なると、知識も経験も増えてきて、その結果、能力も意欲も高くなる。 

宿泊業の生産性向上にあたっては、成功体験を積むという意味でも、ムダの削減から始めた方がわかりやすい。「価値を生まない仕事」をムダと考え、ムダを省いて稼働率を高めていくことが重要だ。 業務のムダ、ムリ、ムラを削減することで、時間当たりの付加価値を高め、従業員の処遇を改善することで優秀な人が残ってくれて、その人たちが中核となり、生産性向上の取り組みがさらに進む。こうした「正の連鎖」への転換が求められている。

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